教員コラム
【教員リレーコラム】第17回 熊本圭吾「尺八という楽器」
作業療法学科の教員をしております熊本圭吾です。
唐突ですが、尺八(しゃくはち)という楽器をご存じでしょうか?
尺八は日本の楽器ということになっていますが、近年では日本にいても身近に接する機会は少ないと思います。曲として耳にするとしたら、お箏(こと)との二重奏曲「春の海」がお正月に流れているくらいでしょうか。「春の海」は昭和4年(1929年)に作曲された新しい曲です。
尺八は日本の楽器とされていますが、他の多くの日本の楽器と同じく、元々は中国から伝来したものです。聖徳太子が馬上で吹いた、といわれる尺八が法隆寺に伝わっています(現在は東京国立博物館所蔵 画像はこちら)。正倉院の御物にも8管の尺八があります。正倉院展のWebサイトに、そのうちの1管である刻彫尺八(こくちょうのしゃくはち)の画像が掲載されています。尺八は雅楽の楽器に含まれていましたが、9~10世紀には雅楽からは廃されてしまったようです。
「尺八」という名称は、正倉院展の刻彫尺八の説明にもあるように、笛の長さが当時の中国の1尺8寸だったことに由来します。
こちらの画像は、私が持っている尺八のうち演奏でよく使うものを並べたものです。この画像の尺八のおおよその長さは、左から2尺4寸、2尺1寸、2尺、1尺9寸、1尺8寸、1尺7寸、1尺6寸、2尺です。長さは色々ですが、楽器の名前はすべて尺八です。
1尺(=10寸)は、今の日本では30.3cmですが、中国で魏の時代頃は24cmくらいだったようです。同じ1尺8寸の管でも10cm程度違います。
正倉院や法隆寺の尺八と、私が使っている現代の尺八には大きな違いがあります。
デザインや大きさはさておき、正倉院や法隆寺の尺八は前面の指孔が5つですが、現代の尺八の指孔は4つです。いずれも背面の指孔は一つです。中国から伝わり雅楽の楽器であった尺八は廃れましたが、指孔を一つ減らした楽器として民間に再登場してきたのです。出せる音数が減る方向へ変化した楽器というのは珍しいのではないかと思います。
掲載した画像のような今使われている尺八は、普化尺八(ふけしゃくはち)とも言われ、江戸時代あたりから虚無僧(こむそう)によって使われ始め広まりました。
それ以前は、「一節切」(ひとよぎり)と呼ばれる短い縦笛の方が流行していたそうです。「一休さん」で有名な一休宗純は室町時代の方で、尺八をよく吹いていたことで知られていますが、吹いていたのは一節切でした(NHKの番組で取り上げられました)。
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に大事にされ長野県諏訪市の迎冬山貞松院月仙寺に伝わる縦笛「乃可勢(のかぜ)」も一節切でした。一節切も前面の指孔が4つです。
明治政府が虚無僧廃止令(こむそうはいしれい)を出したことで、虚無僧が吹く尺八は一時禁止になりました。そこから、尺八は箏との合奏や歌などの伴奏をする楽器として活用されるようになりました。演奏する曲や内容も変化し続けていますが、楽器の構造や作り方も変化し続けて今日に至っています。
尺八について話し出すと、いくらでも続いてしまいますが、そろそろ紙幅も尽きましたので、ここまでといたします。機会がございましたら、またお付き合いくださいませ。
執筆者プロフィール
熊本 圭吾(KEIGO KUMAMOTO)
作業療法学科 教授
専門領域:相談支援、意思決定支援、心理検査、行動計量分析(計量心理学)、社会調査